錯綜する《独奏》曲目解説
山本昌史 : REAL TIME -The Elf in Big f - (2023)
「リアルタイム」で聞こえてくる音と、演奏者の身振り手振りに焦点を当てた曲です。聞こえるはずのない音が聞こえたり、本来聞こえるはずの音が遅れて聞こえたり、見た目と演奏のズレがいろいろな組み合わせで出てきます。
もし聞こえてくる音が、奏者が発している音ではなかったとしたら...
出発点はこの発想だったのですが、この「奏者が発している音ではない音」を発しているのが、コントラバスの中に住んでいる架空の存在だったら?という設定にしたら面白いのではないかと思い、制作を進めていきました。そんなある日、「目が覚めると目の前に木の棒(魂柱)があり、試しにぶら下がってみると遠くにfの字をした明かりが見えて、その先にはぼんやりとした影(弓)が左右に動いている」という光景が浮かびました。
コントラバス特有の奏法である、両手でのハーモニクスピッチカートでの前奏から始まり、やがて胴体の中に住む何者かの生活音が聞こえてきます。それに呼応するように奏者も演奏し、一度は寄り添いますが、f字孔の中の住人が暴れ始め、演奏者が追い出そうとする、両者のバトルが始まります。この行方はどうなるのか?そして、本当に楽器を弾いているのは演奏者なのか住人なのか?
Simon Steen-Andersen : Self-reflecting Next To Beside Besides
#1 for amplified double bass solo (2005)
#9 for amplified double bass solo (2007)
#10 for miniature video camera solo (2007)
シモン・ステン=アナーセンはデンマークの作曲家。ピアノを8mの高さから落下させた音、映像をコンバインしたピアノ協奏曲が特に知られています。
『Next To Beside Besides』はチェロ独奏のための作品『Beside Besides』を他の楽器に「振付翻訳」(編曲ではなく、演奏動作の翻訳)した作品集であり、2003年から2008年までに#1から#13まで11の楽器と1台のミニチュアビデオカメラのために「翻訳」されました。
これらの作品群は、ソロまたは任意の組み合わせ(#1と#3や、#2と#4と#6など)で演奏することができ、同じ奏者による映像を伴った演奏も可能で、その演奏形態は『Self-reflecting Next To Beside Besides』と名付けられています。
作曲という行為が「音」ではなく「動作」に向けられていたとしたら…
楽譜が演奏者と楽器のための振付であり、その結果として音が出ているのだとしたら…それは本当に「演奏」といえるのか…
今回は、コントラバスのために翻訳された#1と#9、そしてカメラのための#10を『Self-reflecting』で演奏します。
当初、この組み合わせで演奏する予定だと、作曲者シモン・ステン=アナーセンに伝えたところ、「#1と#9だけにして、ヴァーチャルデュオの形にした方がいいのではないか」と提案されました。しかし、「錯綜する《独奏》」の副題「〜Double Triple Solo for Solo Double Bass〜」のTripleにあたるこの作品、なんとしてもミニチュアビデオカメラでの演奏が必要でした。
このミニチュアビデオカメラの「演奏」は、片手にカメラ、片手にフラッシュライトを持って行われます。左右両手での操作は複雑を極めるため、カメラなしでライトだけで演奏されることがほとんどで、そもそも演奏される機会が多くありません。最初のうちは私もライトのみで演奏しようと思っていましたが、「ミニチュアビデオカメラを演奏している動作」と「ミニチュアビデオカメラで撮影されている映像」の2つの要素が備わってこそ、この作品の醍醐味が伝わるのだと思い直し、映像も同時収録することにしました。
出来上がったシュミレーション動画を作曲者に送ったところ、「かなり素晴らしい」とコメントをいただきました。
本日の演奏では、映像によるコントラバスの演奏動作、ミニチュアビデオカメラの演奏動作、ミニチュアビデオカメラの収録映像、そして、生演奏のコントラバスという4つの動きの関連性にご注目いただければと思います。
追記:後日、本番映像を見た作曲者から「Amazing!! 是非公開して!」と嬉しいコメントが届きました。
Pierre Jodlowski : TOUCH (2022)
ピエール・ジョドロフスキはフランスの作曲家で映像、照明などマルチメディアに精通し、自身もパフォーマーとして各分野で活躍しています。
『TOUCH』は2022年9月22日に静岡音楽館AOIで行われた「山本昌史コントラバス・ソロ〜独奏コントラバスのための現代作品が誘う世界〜」で演奏するために委嘱した作品。
エレクトロニクスを伴った独奏曲というのは、通常、演奏者が演奏するのと同時に、オペレーターがPCを操作するという形をとりますが、私は「独奏」にこだわっているので、エレクトロニクスも演奏者自身で制御できる作品という条件で委嘱をしました。
制作期間中には、曲の構成やセッティングについて、作曲者ピエール・ジョドロフスキと何通ものメールのやり取りを行いました。また、コントラバスの音素材として、指定されたフレーズや数分間の即興演奏を録音し、データを送りました。エレクトロニクスのパートには私が演奏したコントラバスの音や声、呼吸音も含まれています。
コントラバスの音は、リングモジュレータ、ディストーション、ディレイ、リバーブの4つのエフェクターを使用するように指示があり、特にリングモジュレータのセッティングに関しては作曲者から細かい指定がありました。
人間が物と接するとはどういうことなのか...
楽器と接触し、演奏するとはどういうことなのか...
前半はほぼ音楽が存在せず、シアトリカル(演劇的)なパートとなっています。昨年12月に、ポーランド・ワルシャワにて、作曲者より直々に手ほどきを受けてきました。指先の細かな動きや手の上げ具合、目線の方向や体の向きなど、この前半パートの重要性について、非常に細かいところまで指導がありました。このパートのジェスチャーに関しては、日本の茶道の所作や、空手の型を参考にしたとのことです。
この作品は演奏時間20分のショートバージョンと27分のフルバージョンが存在します。本公演はフルバージョン日本初演となります。ステージ上の照明変化に加え、フラッシュライトの効果を狙った映像を伴う新演出での上演は、本日が世界初演となります。
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